音食紀行の独り言

音食紀行(http://onshokukiko.com/wpd1/)主催のえんどーの独り言です。

インドに行けなかったことで料理研究家となり、自身で働き方を創出したお話。

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 「音」楽と「食」事で時代旅行と世界旅行をいっぺんに疑似体験するというイベント、「音食紀行」を主催する遠藤です。「働き方」と転機というお題から書けることがあると感じたので、この度、文章をしたためることにします。自分の過去を改めて振り返ってみると、自分の人生と働き方を一変する出来事が見つかりました。

 時は2011年の年末。東日本大震災が起こった年です。年末年始の休暇を利用して、友人とインドを旅行するつもりでしたが、諸事情があり旅行は直前で中止になりました。バカンスのために休みを取った2週間がいきなり白紙になってしまったのです。当時、25の国と地域を巡っていた私にとって旅行に行けないことは非常にショックな出来事で、心はインド、身体は日本という状態で休みに突入しました。

パエリアから料理の世界へ

 2011年のクリスマスは震災自粛モードで、煌びやかなイルミネーションもどこか控えめだったように思いますが、当時の私にとっては行けなかったインド、悲しみの年末という心境でしたので思い返してみると見る景色見る景色は灰色でした。モノクロームのクリスマスだったと言っていいでしょう。心はインドに飛んでいってしまい、身体だけ日本にいた私は休み初日から廃人の如くベッドに横たわりながら、ダラダラとネットの動画を見ていたのですが、何かのはずみで「スペイン人に教えてもらった美味しいパエリア」というブログ記事にぶち当たりました。

 そうか、パエリアか。パエリアはスペインレストランでしか食べられないものだと思い込んでました。しかし、そのブログ記事では食材もスーパーで簡単に手に入り、お米も洗わずに作れるというレシピだったので、ちょっとやってみようかな、暇を持て余し過ぎてやることもないしという思いが湧き、廃人同然だった私でしたが30分後には食材を調達し、キッチンに立っていました。

 レシピを読み、手を動かし、食べてみる。たったそれだけのことなのですが、サフランで黄金色や海鮮の食欲を誘う香り、ブイヨンの濃厚な味わいを感じるうちに、太陽がまぶしいスペインの景色が見え、陽気な人々の声が聞こえたような感覚に陥りました。不思議なことですが、食事を通して、「ここ」ではないどこかを訪れたような感覚が降ってきたのです。そして、レシピの工程をたどれば、結構おいしく作れることもわかり、この日以降、私の週末は料理にあてる時間になりました。

 最初がスペインだったので、その翌週はフランスのガレット、その次はネパールのマトンカレー。毎週毎週、世界各国の料理を作ってはSNSにアップするようになりました。こうして料理に目覚めた私は、2012年の1年間で約50カ国の料理を制覇することになりました。

学生時代のおぼろげな夢の実現

 1年が過ぎたころ、とある夢を見ました。私は中世に生きる貴族のひとりとして、ある屋敷の饗宴に参加していました。贅の限りを尽くした料理、そのかたわらで楽器を奏でる楽師たち、音楽に乗って踊る客人、夜通し続く宴には見事な料理が途切れなく出されました。
 実は、1600年代のイギリス宮廷と音楽について卒業論文を書いていた大学時代、まったく同じ夢を見ていました。自分でも古楽器を演奏し、ヨーロッパの古い時代への思い入れが強かったためでしょう。ただし今回ばかりは「夢を見て終わり」では我慢できなくなっていました。

 

 「この夢を現実のものにしたい。中世やルネサンス宮廷で開かれていた華やかな饗宴を開催したい!」

 

 こんな思いが私の頭をいっぱいにしました。そうと決まれば実行あるのみ。必要なのは音楽と料理です。音楽に関しては友人知人のプロの演奏家に恵まれていたので彼らにお任せし、料理は自分で再現することにしました。それまでは海外の料理を作ることで国境を飛び越えてきましたが、今度は時代をさかのぼることになりました。イベントのタイトルは、「音」楽と「食」事で時代旅行と世界旅行をいっぺんに疑似体験するというコンセプトから、「音食紀行」と名づけました。

料理と音楽のマリアージュ

 イベント当初は、自分のもともとの興味の範囲である中世、ルネサンス期をテーマにしていましたが、SNSを通じてたくさんのアイデアがよせられるようになり、さらに世界が広がっていきました。古代メソポタミア古代ローマ、革命前後のフランス、プロイセン等々‥‥‥。いつのまにかオリエント・ヨーロッパの5000年を貫くのに充分なテーマが集まっていました。
 イベントをしばらく重ねた頃、歴史料理の再現が古楽の演奏と似ていることに気づきました。
 古楽では、楽譜に残された(時には不完全な)情報をもとに演奏します。本来は作曲者の意図や当時の楽器の再現も含めた「完全な再現」を目指す音楽ジャンルでしたが、最近では自由な解釈で現代の聴衆が楽しんでくれることも重視するようになっています。そうしたトレンドの変化の背景には、「音楽は聴いてくれる人がいて成り立つ」という原則があるように思います。

 料理も然りです。つまり、いま、食べてくれる人がいてこそ成り立つものではないか、と。

 このことに気づいて以来、プロの料理人でも歴史学者でもない私にとっての「理想の再現料理」は、古楽の精神を食に置き換えたような「今の人が食べておいしい再現料理」に定まりました。お客様からのフィードバックや料理人のアドバイスをもらい、よりおいしさを追求するようになりました。

『歴メシ!』出版 

 「音食紀行」のイベントをスタートさせてから3年半経った2016年11月。「フランス歴史再現料理会 ~ルイ14、15、16世統治時代(1643-1792)~」を開催したところ、出版社の編集の方が参加してくれて、おいしかったので是非本を一緒に作りましょうと出版オファーをいただきました。自分の活動を世界に広めたいと思っていた自分にとって、渡りに船のこのオファー。即断でOKし、人生初の執筆活動となりました。

 執筆中では、特にドラマはなく、半年間書いては直し、書いては直しを繰り返すという地道な作業の末に、世界史にまつわる料理レシピ本となる『歴メシ! 世界の歴史料理をおいしく食べる 』を2017年7月に刊行しました。

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 自分の本が書店に並ぶ。やはり想像以上に嬉しいものでした。並ぶ前に料理本コーナーを見に行き、様々な料理レシピ本が置かれているところに自著の『歴メシ!』が並ぶところを想像し、異様に浮いてしまう本だなと思ったことは確かです。そして、実際に並べられるところを見てその思いは強くなっていきます。

重版出来とメディアオファー

 7月24日に刊行された本は思いもかけずに売れました。1週間で重版がかかったのです。これまでイベントに参加してくださった方、友人知人、そしてこれまでとはまた異なる層の方々に訴求された結果でした。その動きについてはこの記事が的確にまとめていただいているので、それ以外について書こうと思います。

 重版後はこれまでの人生では起こることがなかったマスメディアの露出が始まりました。読売新聞や週刊女性でのインタビュー、ラジオ生放送の出演、日本テレビNEWS ZERONHKひるまえほっとでの音食紀行イベントの模様を放送などなど。毎週、出版社や放送局を訪れ、慣れないインタビューにしどろもどろしながら、なんとか形となり、刊行&放送されていきました。どんな感じなのかは、下記の動画が雰囲気が掴めるのではないでしょうか。


働き方の創出

 その結果、新たな働き方を創出することとなりました。具体的にはいくつかのカルチャースクールからオファーをいただき、講師として歴史と料理に関わる話を講義したり、世界初となる古代メソポタミア古代ローマなどの歴史料理教室を開講。またセルビア大使館にてご縁をいただき、セルビア大使館で古代ローマ料理イベントを開催したり(セルビアバルカン半島ローマ帝国の属州で、首都のベオグラードでは地下を掘ると古代ローマ遺跡がゴロゴロと出てきます)、歴史料理の提供者としてテレビ番組の料理監修に携わったり、ファーストクラスのサービスとVR旅行を体験できるレストランとコラボし歴史料理の料理監修を行なうなど出版後の10か月で人生が一変したかのような動きを見せています。

 元をたどれば、インドに行けなかったことで料理を始めることになり、点としておいてあった音楽と料理と歴史を結び付けてプロジェクトを開始。あとは、その自分の見た
貴族の宴という"夢"の実現に情熱を注いで、ひたすらローリングストーン!転がる岩となって全速力で駆け抜けていったらこうなってしまいました。

 但し、メディアに出た、本を出したなどは自分にとっては副次的なものです。全ては全時代全地域の料理を再現し、当時の音楽に乗せて「音食紀行」のプロジェクトで参加者の皆さまとその時代に思いを馳せて、楽しい時間を共有したいという気持ちからです。今後も日本のみならず(現在、音食紀行は全国公演中です)、世界でも歴史料理再現イベントを開催していきたい次第です。

インドに行っていたらのIFについて

 さて、締めの言葉は上記まとめてしまったので、最後に蛇足と言うか追伸を。結局、まだインドに行けていません。なぜ、あの時あんなにインドに行きたかったのか、熱病のようにうなされていたのかはわからなくなってしまいましたが、行きたい気持ちのピークの時を逃すとなぜだか巡り合わせが上手くいかないようです。インドに行けなかった2011年以降、海外はポルトガル、イタリア、台湾、ベトナム、中国北京、モンゴルと順調に数を増やしているので、またここだというタイミングでインドに旅立てればとは思っています。

 もし、インドに行っていたら。また自分の中での大冒険日記は充実したことでしょう。もしかしたら、そこで出会っていた人と人生で新たな局面を迎えていたかもしれませんし、何も始まらなかったかもしれません。とにかく、料理は始めることはなく、本も生まれず、メディアにも出ず、一般人のままだったでしょうが、それはそれでインド熱の高い旅行好きな私がいたかもしれません。パラレルワールドの自分をたまに思い返したりします。

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